ボダナート Boudhath & ナガルコット Nagarkot
気がつくと、カトマンズでの滞在は2週間を過ぎていた。 私はいわゆる「沈没」状態になっていたが、バンコクからここまで一緒にやって来たアメフト君は3日前から自転車を借りてナガルコットに遠征し、先ほどカト マンズに帰ってきた。 「ナガルコット、良かったっすよ〜。見てくださいよ、この雲海の写真。」 なるほど、最上級に綺麗な雲海である。いくつもの山の頂がまるで島の様に、一面の雲から頭を覗かせている。 この3日、カトマンズでは雨が降り続いていた。スーパーへと買い物に行くことが少し億劫になるほどに。 彼は、その雲の上にいて、絶景を我がモノにしていたのである。 カトマンズからナガルコットへは距離にして35Km、高低差700mの登坂となる。(カトマンズ標高1400m、ナガルコット標高2100m)。アメフト 君曰く「実際にはアップダウンの繰り返しがすごいんで、バスで行けるならそっちの方が絶対イイっす。あと、子供達なんですが、自転車が珍しいのか何十人も 寄ってきて途中休憩出来ないっす。」とのこと、天気予報でもこの先、何日かは雨になると言っているし。バスなら本数は少ないモノの日帰りが出来そうだ。も しバスが終わってしまっても、タクシーで(勿論値段は張るが)帰ってくるという手もある。『では、バスで。』と、早朝に宿を発つ私が居た。 タメルから、ナガルコット行きのバス停までは、徒歩にして30分と、少し距離があるようだ。その途中、馴染みのカバン屋に呼び止められ、いきなりチャイを 奢られたことで、話が急転することになる。 「帰りにタクシーを想定しているのなら、オートバイを借りた方が安いんじゃね?」 確かに、オートバイレンタルは1日400NRs(約700円)、バス往復の約50NRsに比べると割高ではあるが、帰りがタクシーとなった場合は片道 800NRsである。 そのまま、彼の知り合いのバイクレンタル屋に行き、バイクを借りる事になった。 友人特価のディスカウントは無かったが、その代わり、つい先日に納車されたばかりというYAMAHAを借してくれた。シートにまだビニールが付いている、 モノホンにピッカピッカの新車である。走行距離を見ると500Kmしか走っていない。私の運転スキルで借りて良いバイクなのか少し迷ったが、コレも縁だろ うと借りることにした。 さて、バイクを借りたは良いが問題が2つ持ち上がった。ガソリンスタンドがどこなのかが分からない。いや、バイクを借りるときに、簡単に「右行って、 左。」 と聞いてはいるが、見あたらない。 そして、デカイ問題は、『ギアチェンジが難しい』である。前に蹴ってローギア、その後は後ろに蹴ってセカンド、サード、テトリス(?違う。)らしいのだ が、コレが慣れてない私にはヒジョ〜に難しい。ギアを間違え、すぐにノッキング、エンストしてしまう。 しかも、ガススタを探しつつ、左折左折を繰り返していると(右折は中央線をまたぐのでアブナイ)、なんの間違いか大通り(6車線)に出てしまった。ヤバ イ、死ぬ。 何せ、一方通行の道が多いのだ。大通りに出てしまうしかない。ましてや、現地民は一通の標識を見事に無視して、こっちに向かってくるのだ。大通りと路地、 どっちにしたって危ないことには変わりない。 多分、最初は一速と四速を交互に使って居たのだろう。大通りでギアチェンジのカンを掴むとは、我ながら大したヤツである。無理繰り一時間ほど走り、大通り から抜けたところでガソリンスタンドを発見した。 ネパールのガソリンは1リットル66ルピー。約120円で日本と大差ない。地元民からすればGNI比そのものの高価な商品であるらしかったが、そう考 えると日本のガソリン価格は安いのかも知れない。 とか、考えつつ、200ルピー分(約3リットル)の給油を終えて地図を確認すると、ナガルコットとは随分方角の違う所に来ているようだ。 その代わり幸運にも、このガススタがもう一つの訪問予定地「ボダナート」まで数百メートルの距離だということが判明する。 ◆ボダナート チベット仏教の仏塔の中で、ネパール最大のモノがここ「ボダナート」。 過去から現在に至るまで、チベットを越える商人達がこのストゥーパ(仏塔)に道中の安全を祈願する。四海を見つめる仏陀の目に守っていただく為である。私 もここからの長くなるであろう旅路の道中を見つめていただく為に祈願せずには居られなかった。 ボダナートを取り囲む商店街の2Fにあるレストランから望むボダナート。 このエリアではどこからともなく精神安定効果の高い曲が流れている。スピーカーを設置したのはおそらくはCDショップなのだろうが、「オン・マニ・ガカロ ン」という文言が何万回となくゆっくりと繰り返されるのだ。チベット仏教に於けるお経のようなモノだと思うが、日本のそれとは似て非なる趣である。よほど このCDを買おうとも思ったが、なるべく荷物を増やしたくなかったが為に見送る。 ボダナート界隈の和む風景3点。 ◆ナガルコットへ カトマンズでの命題だった「ボダナート」訪問を完了したところで、本日の本題であるナガルコット遠征を開始することにする。時間はすでに13時、ずいぶん と遅いスタートになったが、ボダナート横のレストランでたっぷり1時間は昼食を摂っていたので、我が身から出たサビと言えばその通りである。 ボダナートからナガルコットへ向かう道は2通りある。直接ナガルコットを目指して山道を東に駆け抜けるコースと、一度カトマンズ市街近くまで戻ってカトマ ンズ空港沿いに南下してから大通りを東に向かうコースなのだが、もはや迷子になるのは勘弁なので、素直に大通りを攻める形で向かうことにする。 私は大通りを走っているつもりだし、地図にも大通りのような表記で載っている。が、どう見ても対向時に少し困る田舎道なのだ。というより、風景が小生の出 身地である和歌山の片田舎と非常にカブるのだ。大きな違いといえば棚田ぐらいだろうか。途中で山道の通行料5ネパールルピー(約8円)を支払ったのも、我 が和歌山なら林道の通行料と等しいのだろうか。ノスタルジックな気持ちに包まれてバイクは山道を登り続ける。 ナガルコットまであと5Km付近から、とんでもない勢いで気温が下がってきた。おそらく標高2000を越えたのだろう、と、考えていると、道の横に見晴台 を発見する。 で、地球の屋根と称されるヒマラヤ山脈を一望してしまう。なんというか、圧巻である。 ここで一旦休憩した後、もうちょい高台にある展望塔を目指すべく、ジャケットと手袋を再度装備し直してバイクのエンジンをスタートさせた。 さらに10分程登ったところで、道路が終わってしまった。というか駐車場の様だ。チャイとお菓子を売っている商店があったので超あったかいチャイ (10NRs)を有難くいただく。この先はちょっとした階段を登ると山頂の展望台に行けるようだ。 で、行ってみました展望塔。 一口にヒマラヤ山脈と行っても、複数の山群に分けられるそうで、西から「アンナプルナ山群」「マナスル山群」「ランタン・ジュガール山群」「エヴェレスト 山群」などがあるらしい。とは言え、小生は登山部でも山男でもないので何がなにやらサッパリでございます。 ただ、おそらくこれがエベレストだろうとはなんとなくわかる。 世界最高峰を目の前にしつつ、勿論、感動するのだが、正直なところ実感が沸かないというか、エベレストに対する事前知識の薄さから、『本当に自分はエベレ ストを見に来て良かったのだろうか?』と考えてしまった。もう少し正確には『自分の様な山に詳しくない人間がエベレストを見に来たのは山に対して失礼では ないか?』という気持ちである。嬉しい気持ち半分、失礼ではなかったか、という気持ち半分。 こう思ってしまったのはおそらく、バンコクで出会った筋金入りの山男氏の影響かも知れない。 彼は十数年前に単独で世界第3位の峰に登頂した経歴を持っていた。何日も登り続け、やっと登頂したそのときの経験を彼はこう語っていた。 「山の頂上には音が無いんです。その代わりに「キーン」という音が聞こえてきて、そして太陽が昇ってくる。太陽の光が照らし出す山の峰々。あれは神様の世 界に迷い込んでしまったんです。僕の人生はあの時で終わっているんですよ。」 彼は旅仲間の女性と共にミャンマーから日本へ帰る途中でバンコクに一泊しただけだったので、会話はその夜の数時間だけだったが、ここに至るまで出会った人 の中でも格段に記憶に残る人物だった事に疑念を挟む余地はない。 「“岳−ガク−”という漫画があるので、日本に帰ったら読んでみてください。」と彼に勧めたが読んでいただけただろうか。メールアドレスの交換もしないま まに別れた今と なっては、また会えるかどうかは「神のみぞ知る」である。 「地球の屋根」に別れを告げ、カトマンズ市内に向けてバイクを飛ばす。時間は既に午後4時。日没までにあまり時間がない。暗い中での慣れない道とバイク、 そして寒さという敵が来る前に帰らなくては。 途中、薪を運ぶ女性とノラ馬(ロバ?)を見つつ山道を下っていく。下る毎に気温が上がっていくのが心地よい。 ナガルコットから10Km離れたところで日没と相成った。 結局、この後は幹線道路に入った段階でとんでもない渋滞に巻き込まれ、1時間で来た道を3時間かけて帰ることになる。バイクを走らせるというより「バイク で車の間を縫う」と表現した方が相応しい状態である。もちろん写真を撮れるような状況ではない。 バイク屋に戻ったのは主人が店を閉めている最中だった。
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